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最近仕事の合間に飲んでいるもの

このところ、毎日の様に仕事の合間に「うめ昆布茶」を飲んでいます。
これがなかなか美味いのです。なんかこう昆布のグルタミン酸のうまみが
土の仕事にあっている感じです。(笑)
思い返せば、学生時代も近くのロクロ場の先輩と「にぼし」をかじりながら
ロクロを回していました。にぼしの「あじ」がとってもロクロに疲れた体には
おいしく感じたのを覚えています。
これが洋物のおやつだと仕事が中断してしまうですね。なぜだか。
みなさんはどうですか?
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by kamakura-dan | 2005-05-17 00:10  

登り窯

ここの窯を借りて窯焚を計画しています。
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by kamakura-dan | 2005-05-12 23:38 | 登り窯  

茶碗が茶碗になる時!?

お茶席で使われる茶碗。
もちろんお茶を頂くための道具なのですが、改めて言うまでもなく茶碗を作るのは
とっても難しいものです。

よく先生から「だいぶお茶碗らしくなってきたね」とか、「これは茶碗ではない!」などと
言われる。たしかにお茶碗は決まり事が多いので、まずそれを充分踏まえた作品にし
ようと努力をする。つまり良いと言われている形を模倣するところから始めるのだが、
わたしのようなぶきっちょは、最初から勝負を投げていて自分勝手に茶碗を作ってし
まう。

そのマイ茶碗を先生は「これは茶碗に使える」って言うじゃない〜の。
全然違うのに!
決まり事もすっかり無視してるのに?     どうしてだ??
#まあ、使えると言われるところがまだまだ未熟で「これは茶碗だ!」と言わせる技量はないんだな

つまり先生が言っている「だいぶお茶碗らしくなった」の「らしい」とは単なる形の雰囲気が
「らしい」訳ではなく、観念的なお茶碗足るべき本質を見て「らしい」とか「らしくない」と、
評価しているのだと思う。じゃあいったい「観念的なお茶碗足るべき本質」とは具体的に
どんなものか。おおくの数寄者達がそれを感じ求めて、掴んでいるのは事実なのだけれど。

その本質を得るために、名品と言われている茶碗の写真とにらめっこして、いくらそれらしく作ったところで所詮、茶碗とはほど遠い物ができてしまうだけなのか?
ということは今まで僕が良しと思ってみて来たもの達は、見かけは立派なお茶碗でもその本質がないから茶碗ではない、又、茶碗とは似ても似つかない形や色でも、その本質があるからそれは茶碗なんだといえる「茶碗の形をしたうつわ」がごちゃ混ぜに氾濫していたということだろうか?どうしよう!!

一体いつになったら僕の茶碗が茶碗になる時がくるのだろう??


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by kamakura-dan | 2005-05-01 00:18